狂言

ブログを実際に作ったしせっかくだから何か書きたいと横になりながら悩んでいたら、もう午前3時(笑) ありました、すぐかける話題が。狂言です。習っているのでせっかくなのでその魅力を伝えられたと思います。

 

小学生の頃に5年間ほど習い、大学1年生の時に再開しました。

小学生の頃は京都の大蔵流 茂山千五郎(現千作)師、現在は東京にてその次男の茂山茂師に師事しています。(留学中はお休みしています)

 

能・狂言は誰しも聞いたことがあると思いますが実際に知っている方、観たことある方は少ないのではないでしょうか。能には詳しくないので狂言についてだけ書きます。

 

能・狂言はルーツは同じです。室町時代以前の猿楽を室町時代に観阿弥・世阿弥が能楽として大成させます。狂言は能の幕間に演じられたもので、能がレクイエム的悲劇的要素が強いの対し、狂言は滑稽でお笑い的な要素が強いです。能は90分程なのに対し、狂言は20分程度。後世に狂言が単体として独立して現在のように能・狂言に別れます。(もちろん、現在も能の幕間に狂言は演じられています)

 

構図は簡単で主な登場人物はアド(主人)シテ(太郎冠者、召使いと同じ)。基本的にはこのアドとシテで茶番が繰り広げられます。

 

狂言のポイントは面白い・短い・カジュアルの3点だと思います。現代人でも理解できる程度の古い言葉を使い、実にしょーもないネタを繰り広げ、大げさに演技するので、我々が観てもクスッと笑えるのです。

 

もし日本文化を手軽に観てみたいのであれば狂言が一番とっつき安いかと思います。日本には歌舞伎、能、文楽など様々な形態の伝統芸能がありますが、どれも観たことがある自分にとってやはり狂言が一番食いつきやすいです。(文楽も非常に美しい芸術なので好きですが)

 

 

興味ある方は是非!東京だと能楽堂(国立能楽堂など)に行けば頻繁に狂言の会があります。チケットも平均3,000円くらいなのでお手軽ですし如何でしょうか!(学割ももちろんあります)

 

 

追記

・なぜ狂言をはじめたか

カナダから帰国した6才の時、とにかく日本文化に興味津々でした。当時は絵本などを通した「外から見た日本」しか知らず、着物を着て見たくて仕方ありませんでした。その時「日本語であそぼ」の野村萬斎さんを見て同じことがしたと親に言ったみたいです。たまたま祖母が能を習っていたので、能狂言に詳しく、京都に茂山先生がいることを教えてもらい、稽古場にお邪魔したのがきっかけです。

 

・なぜ続けているのか

小学生の頃は何も考えずただ好きで習っていましたが、中学以降周囲の人に「狂言を習っていた」というと反応がとても良いので、正直もう一度伝統芸能を習ってまたアピールしたいという下心で再開しました。しかし、大人になって習ってみると、狂言の奥深さ、面白さ、難しさに気づきました。狂言の中に日本人の精神的なものを感じます。また当然ですがプロの発声の仕方、動きは一朝一夕には習得できるものではありません。なので今のモチベーションは以下の3つです。

 ・狂言を通して昔の日本人の精神を学びたい

 ・単純に上手くなりたい(特にあの渋い独特な声)

 ・一緒に習っている人たちが面白い(人間的な意味で)

 

余談ですが、本当に他人受けがよく、特に外国人で興味を持ってくれる方が多いのも嬉しい限りです。海外大好き人間の自分が狂言を習っていてよかったと思える機会が幾度もありました。また日本も大好きで、狂言を通して海外好きの自分と日本好きの自分のバランスを保てているような気がします。